小林音楽教室について
私たちは数あるピアノ教室の中でも
ちょっと変わり者の
(かなり変わった!?)代表が率いる、
「実践で心から学べる教室」です。
『 曖昧な「優しさ」は、
いちばん役に立たない。』
必要なのは「気休め」ではなく、
続けようとして挫折した人を
守る「仕組み」です。

毎月、無料で
ステージに立てます
「年に一度の緊張より、
毎月のワクワクを。」
右手だけ・数秒だけでも出演OK。
毎月の「小さな本番」が
お子様の勝負 力を育てます。

「大人の男性」お断り?
むしろ、大歓迎です
「時代の事情で、その情熱に
フタをしないでください。」
断られる理由も、また現実。
ならば私が「最短ルート」と
「技術」で全て引き受けます。
3歳、はじめてのレッスンの「実録」。
理屈はいらない。「楽しい」が全ての原点。
郡山市主催コンテスト「グランプリ」受賞。
逆境を「創造」に変えた、奇跡の記録。
未経験パパ、90日間のドキュメント。
「戦略」と「親子愛」で掴んだ喝采。
VIDEOS
10年楽しく続けている中高生や
最強の習い事です!と通う大人も
不思議と私たちを求めてくれます


Sさん(年長)のお母様
「ピアノ嫌い!」だった子どもが
自分から習いたいと言い出すなんて
年少の時に「ピアノ習いたい?」と聞いたら、「絶対やりたくない!ピアノ嫌い!」と言われ、しばらく様子を見ていました。なぜ嫌いだったかは分かりません。 姉のピアノレッスンについてきて、レッスン後の少しの間、先生にピアノを聴いてもらったり、先生と一緒にピアノを弾くうちに、自分から「ピアノ習いたい!」と言うようになりました。 (姉と妹)2人共「ピアノ行きたくない」「やりたくない」等、一度も言ったことはなく、習い始めのモチベーションを保ったまま今に至っています。 先生はとにかく子供たちの「気持ち」を一番大切にレッスンしてくださるので、2人共毎回レッスンが楽しそうで、私も習わせて良かったと感じています。

Rくん(高1)のお母様
【大学生になっても続けたい】
息子が言った『心からの言葉』
ピアノ教室を探すにあたって長女から、私の師匠には絶対行かないで欲しい(理由:息子のピアノに対する熱意がよくない、直ぐ辞めるだろう)と言われ、郡山市内ピアノ教室を検索し、小林音楽教室のHPを見つけたのがきっかけです。 小林音楽教室のHPは沢山の情報や先生の想いが載ってたので、もしかしたら息子を理解してご指導頂けるのではないか⁈との思いから体験を申し込みました。他教室は一切問合せもしませんでした。 体験レッスンを受けている時の、息子の表情がとても楽しそうでした。息子も絶対習いたい!との声もあり決め手になりました。 小4年の6月からお世話になってますが『紡ぎ歌』が弾けるようになりたい!が目標でした。 息子のような一種変わった子供を受け入れてくださり、今ではプロコフィエフやスクリャービンの曲まで教えて頂き夢のようです。 息子にとってのピアノは今や自分の一部になりつつあると思います。音楽に携わる仕事がしたいと言う程ピアノが大好きになりました。 大学生になっても小林先生に習いたい!と先の心配までしてます♪

Aさん(大人)
ピアノ教室のドアを叩けないのは
あなただけじゃない。
世の中に『ピアノ、弾けたらいいな』と思っている大人は星の数ほどいるはず。 『ピアノを習ってみようかな?』と考えたことのある人だって相当数いると思う。 だけど星の数のうち教室のドアをたたくのは、銀河系の星の中の恒星の数くらいではないか。(1,000兆個分の200億個) 実際に私もドアに辿り着くまでに、考えて、迷って、やっぱりやめようと思ったり。しかし、案ずるより産むが易し!案ずることにかなりエネルギーを使ったことがもったいなかった。 ここの教室に通っている大人の生徒は、レベルもやりたいこともバラバラですが、それぞれのやりたいピアノができている。というよりも、それプラスアルファの音を楽しむ世界に連れて行ってもらっている!かも?
次は、合うかどうかを確かめるだけです。
「ピアノは好き。でも、
レッスンは怖かった」
そんな方が、
最後にたどり着く教室です。
「不運は、あまりにも孤独な痛みです。」
── カリール・ジブラン
実は当教室へのご相談の多くが
「全くの初心者」ではありません。
「昔、厳しい先生に怒られて
ピアノが嫌いになった」
「練習ができなくて、
逃げるように辞めてしまった」
という、過去に傷を持った方々です。
なぜ、痛みを抱えた彼らは、
私たちを選んでくれたのでしょうか。
いろんな性格、経験、痛みを持った
生徒さんの事例を
誰よりも知っている
のではないか、と思います。
「ピアノの先生が怖すぎて辞めた…」
実は、意外とよくある話なんです。
だからこそ、私たちの教室では
「怖さ」とは無縁の楽しい環境を
目指しています。
そして現在、ピアノ生活を再開できた
生徒さんたちに囲まれております。
例えば、、、


Kさん(中3)のお母様
こうして娘は、一度諦めたピアノに
再び向き合えるようになりました
これまで長い期間(ピアノを)習ってはいましたが、周りの子より進みが遅いこと、本人のやる気、練習量、性格など含め、娘をしっかり理解した上で、やる気を引き出してもらえる先生に出会いたいと悩んでいました。 歴史があるピアノ教室ということで指導力があると期待し、ご連絡しました。小林先生とお話して、じっくり話を聴いていただけたことと、娘を少し理解してもらえたような気持ちになり、期待がふくらみ、すぐ(入会を)決めました。 先生の雰囲気が明るく、話しやすかったです。娘を理解した上でレッスンしていただけると期待ができました。 去年、初めてピアノ発表会に参加させていただきましたが、本格的なステージでお花のプレゼントなど、構成などとても良かったです。 発表会前の先生の熱心な指導も大変ありがたかったです。自分の持ち曲として、忘れずに増えていく(レッスン計画の)やり方がとても良いと思います。

Mさん(小5)のお母様
高校生になってもピアノを続ける子が多い教室を友人から聞いた結果…
本人の意欲がどこまであるのか、多少のことでまた辞めてしまうのではだめだと思い、半年以上話し合いました。 1番は「先生との関係」だと思い、色々な方に話を聞きました。 我慢させながら習わせるのは、せっかくやる気があって再度始めようとしているのにイヤだなと悩んでいました。 友人から「とても良いピアノ教室で、高校生になっても習い続ける子が多い」と伺いました。 中学生になると(ピアノの習い事から)離れるお子さんも多い印象でしたが、その話を伺って、ぜひ体験に行かせていただこうと思いました。 体験させていただいた際の本人の「楽しかった。」の一言で決めました。 レッスンの内容がiPadを使った譜読みや、玉紐を使った練習など、興味を持って取り組める・楽しめるもので、やってみたい気持ちが高まったようでした。 場所見知り、人見知りがあり、慣れるまでに時間がかか る子ですが、その都度、娘の様子をみて指導してくださり、レッスン中は無口でも1歩外に出ると毎回「楽しかった。」とまた来週来るのを楽しみにしてレッスンを終えています。

Hさん(小6)のお祖父様
【保護者の本音】電話での対応が
これほど良いとは思わなかった!
小学2年生から4年生まで(他所の教室で)ピアノを習っていましたが、まだ面白さが分からない様でした。 同時に音符の基礎が出来ていないので、別の曲になると楽譜を見て悩んでいました。 ネットを見ていたら小林音楽教室が出ていたので、即電話をして話しを聞いたところ、非常に解り易い話しを頂き、好印象で電話を一度切らせていただきました。 その後に再度電話をし、一度試しに指導をしていただく事としました。 入会の決め手は「電話での対応の良さ(解り易い説明)」です。 “解り易く丁寧に教えてくれるので弾いていると楽しくなってくる”と子供が言っていますので、続けさせたいと思っています。
ここまで読んで、少しでも重なった方へ。

あなたは一人じゃない
you are not alone.
代表 / 小林 弘和
~ 母から息子に「つないだ」ピアノ教室物語 ~
この教室は
順風満帆に育ったわけではありません。
別れと喪失、そして震災を経て、
それでも、
「続ける」という選択だけが残りました。
何度でも、
「音楽」に戻る場所として。
【①昭和のピアノ訪問販売がきっかけ!?誕生秘話】
小林音楽教室は、1982年に私の母親が「偶然の出会い」から始めました。なにせ音大卒の母は当初、自宅でピアノ教室をやる気はゼロ、、、。 実は昭和の時代、なんと「ピアノの訪問販売」がありました! そこで「生徒を連れてきたらピアノを買うよ?」と試したところ、そのヤマハのセールスマンがなんと2人の小学生を連れてきたのです。その情熱に感動した母がグランドピアノを即購入し、小林音楽教室が誕生。 とにかく明るくて、姉御肌で、行動力が凄かった私の母。 つまり、小林家の人生計画「想定外」のスタートでした。これまで、なんと 1,150人以上 の生徒さんが小林家の玄関をくぐり、ピアノを学んでくれています。 続きは②で。ただ、、、私にとって胸をえぐられる辛い「宣告」の件ですが。
【②手遅れです。手術は意味ありません】
2008年1月9日、私の母は末期がんを宣告されました。「あれほどパワフルで太陽のような母が、、、死ぬ…の!?」 私は名古屋で仕事をしていたため、母の診断に立ち会えませんでしたが、弟が病院で失神したと聞きました。 年末年始に数年ぶりに家族で過ごし、私の帰郷を喜んだ母が作ってくれたお好み焼きの味は今でも忘れません。 私は仕事を辞め、愛知での全てを捨てて、母の代わりに小林音楽教室を引き継ぎました。1月16日にはこの教室でレッスンを始めていました。決断してから、たった7日後のことでした。 驚くほど悲しむ暇はありませんでした。いつもの日常が続くと信じていないと、自分が壊れてしまいそうだったからです。そして、この教室を守ることが、母の想いを受け継ぐことだと信じて。 ホームページで赤裸々に語るべきか悩みました。それでも、知っていてほしい。「忘れないでね」が母の遺言だったので、、、。 ③では「母の最後の願い」をお伝えします。
【③母の想いを胸に、教室を継いだ理由】
2010年3月29日、先代である母が亡くなりました。突然、雪が舞い踊りだした寒い朝。誕生日の3日前、60歳でした。 余命半年と言われながらも 2年3ヶ月、一度も入院することなく最後まで自宅で過ごしました。3月9日までは自力でお風呂に入り、なんと3月23日までピアノ教室の運営について熱く語っていたほどです。 急な別れに心が追いつかない中、悲しむ暇がなかったのは逆によかったのかもしれません。おしゃべりマシーンだった母が、だんだんと言葉を失っていく中、最後に私に言った言葉の一つ、、、 「この教室を継いでくれたことが親孝行かな……」 その照れくさそうな笑顔が、今でも心に残っています。 私はもともと芸術肌で、「弘和は教えるのが下手!」と母によく叱られていました。それでも、母の遺した教室を守るために、毎日学び続けています。 先代の母、そして二代目の私が共に掲げる 「教室の理念」 があります。 ④では、その想いをあなたにお伝えしたいと思います。
【④母が遺した教室の理念、それが私たちの原点】
2年以上の毎晩、母に温熱療法を施す1時間が、私の日課でした。どれだけ眠くても、少し体調が悪くても続けたこのルーティンは、今では私の誇りです。 床に横たわる母が、私のレッスンについてダメ出しをするのも日課でした。何せ母の部屋は教室の真上。内容が筒抜けなのですw 「教えるのが下手!」と怒られるたびに悔しくなり、温熱療法を途中でやめたくなることもありました。でも、説教の最後に必ず唱えた言葉。それが「教室の理念」でした。 「ここに来れば、やりたい音楽が何でもできる」 母がこの理念に込めた想いは、どんな生徒でも「できた!」という感動を得られる場でありたいということ。そしてそれを実現するためには、近道はないという現実も教えてくれました。 「途中で諦めない経験」を積むこと。「辛かったけどやってよ かった!」と感じる瞬間を作ること。母が遺したこの理念を胸に、これからも教室を運営していきます。 ⑤ではなんと、、、さらに襲った「新たな試練」についてです。
【⑤震災と別離の連鎖、私が直面した終わりの予感】
母が亡くなった直後、私には大きな試練が2つ訪れました。 一つは妹の結婚です。兄妹二人で母が遺したピアノ教室を守り始めたばかりの年、妹が妊娠を機に結婚し、福島を離れることになりました。 嬉しい出来事である反面、「一人ぼっちでやるのか……」と呆然としました。 もう一つはご存知、2011年の「3.11」です。 震災当日に水が止まり、町役場の給水車に並んだときのこと。同年代の男性たちが高齢者のために水を運ぶ中、非力な私は何もできず、ただ立ち尽くしました。 「ピアノが弾けても役に立たないのか……」 そう感じたあの瞬間を今でも忘れられません。これら全てが1年以内に私へ降りかかってきました。 母が亡くなり、妹もいなくなり、震災に襲われ、心が折れる寸前でした。母が遺した教室を続ける責任が私に重くのしかかります。 でも、そんな厳しい試練の中で、一筋の希望を見つけたのです。それは、給水の場で生まれた些細な出来事がきっかけでした。この話は⑥でお伝えします。
【⑥震災が教えてくれた、私にしかできない使命】
震災の影響で水が止まり、町役場の給水車に並んでいたときのこと。 私の前に並ぶのは小柄な高齢のおばあちゃん。ポリ缶を2つ持っていたものの、水を入れると自力で運べない様子でした。 私は自分の水を確保した後、そのおばあちゃんのポリ缶を持って車まで運ぶことにしました。実は私にも重く、手を痛めたらピアノを弾けないぞ?と。 それでも、「今は教室を休業中だし、困ることもない」と自虐的に考えていました。 「ありがとうね」 おばあちゃんは私にそっと「2つのみかん」を差し出しました。その瞬間、胸に電流が走ったような感覚を覚えました。 「応えるってことだ」 それは、演奏で聴き手に喜んでもらいたい気持ちと同じでした。私は心に決めたのです。 「ピアノ教室を頑張ろう」 震災後の4月、無料のグループレッスンから再開。福島で続けられるかは分からない。それでも、使命を感じていたからです。 ……………… 以上、小林音楽教室の「ストーリー」を知っていただき、誠にありがとうございます! 私は今日も福島・郡山のために一生懸命働きます。
小林音楽教室の使命
明るい未来やAI共存をピアノ教育で勝ち得る
私たちの挑戦にあなたの力を貸してくれませんか?
私たち小林音楽教室は1982年の創業以来、伝統的なピアノ教育を通じて、学生も大人も
「自己肯定感」を育むことを目指してきました。
私たちの目標は、地域で最も信頼される音楽教室になること。
でもその挑戦は、一人ひとりの生徒さんが未来へ「勇気の翼」を広げたときにのみ達成されます。
「新しい自分に挑戦したい!」と願う方に囲まれている今、私たちはこれからも挑戦を続けます。

【アクセス】
〒963-0201
福島県郡山市大槻町字中ノ平南58-24
新さくら通りから東北自動車道の西側側道を
左折して向かうと分かりやすいと思います。

